詩集「言の葉の舟」

家族と自然と人の心を愛する心筆家のブログ詩集

「鏡を見つめて」

 

二つの鏡を持つ


一つは今を見る鏡

一つは未来を見る鏡


今を見る鏡は

曇らせてはいけない

 

しっかり自分の今を見つめ

誤魔化すことなく

自らの語りに頷く


そして

未来を見つめる鏡は

自分の顔の横に立てる

 

何がうつっているかはわからないが

鏡を磨き上げ

明日に向ける

 


やがて

二つの鏡は

私たちの瞳だと気づく

 

過去でできあがった

私たちが見る

意志の眼差しだと

 

 

 

【20220307】

 

「本棚の中身」

 

そこには

なりたかった未来と憧れた誰かが

背表紙をこちらに向けて道標を示す

 

そこには

諦めて行かなかった先の風景が残る

手放したはずの道の上に

今の自分が立ち続けている不思議

 

そこには

求め続けた母親像が並ぶ

母心のものさしを探し求め

いつしか私自身の軸になる

 

そこには

家族の成長の足跡がある

挿絵が金平糖のように

一つ一つが楽しく甘い思い出

 

そこには 

一度も手に取っていない興味のないものも並ぶ

自分にとって意味を見出せないものもまた

自分の一部

 

本棚には

人生が並ぶ

壁面の端から目を追っていくと

私の内と外を過ぎていった声と文字が流れていく

 

家族の本棚には

過去と今と未来が並ぶ

一冊の本が「おわり」でくくられても

その先は

まだまだ つづく

 

家族の物語は

まだまだ 続く

 

 

 

【20220616】

 

「春より早く」◇中国新聞 詩壇 掲載◇

 

春に命を繋ぐ 冬籠りの季節に

二度と目覚めない

連れ合いを見送る義母(はは)の姿

 

別れは突然で

さよならもありがとうも

天に立ち昇る煙に追いつかず

 

ぽっかり空いた寂しさを

何で埋めればいいかもわからず

涙が雪に変わり

思い出の上に白く降り積もる

 

春はまだまだ遠いけど

もう 暖かい場所にきっと居る… とつぶやきながら

まがった腰を伸ばして 遠くを見る

 

ほんの僅かに春を望み

冬籠りの季節を忍ぶ

 

思い出話の花を咲かせる春よ

季節より先に

早く 来い

 

桜色に頬染めて 再び微笑む一時の春よ

義母(はは)の背中に

早く 来い

 

 

 

【20221213】

 

七十二侯「熊蟄穴(くまあなにこもる)」

「そこにある」

 

今に打ち込めるものがあれば

脇目も振らずに

 

今でなく

未来を見たい者は

明日を臨み

 

過去に浸り

英気を養う者は

心を休める

 

どんな心持ちでも

今を生きたいと願う想いが

 

そこにはある

底にはある

 

誰も逃げてはいない

誰も諦めていない

 

そこに居て

今の想いに

対峙して

 

今を生きている

 

上を向いて

明るく 希望を持って

生きていくだけが

 

輝く命ではない

 

 

 

【20230513】

 

「朝の準備」

 

どこからか

ピアノの調べ

 

家を出るまでの

慌ただしさが

嘘のように静まる

 

心ごと傾けると

鳥の声も鮮やかに聞こえ

水の流れも際立って聞こえる

 

誰かに聴かせるためでもなく

その人にとっては

朝の日課の一つに過ぎない

 

気づかずに通り過ぎる

流れる音や色

 

受け取った喜びは

心に染み入り深みとなり

 

余裕のない手狭な私の中に

不思議と大きな場所を

作ってくれた

 

鍵盤に手を置きながら

弾くその人もそうなのかもしれない

 

日常の時間が

その人にも今日を受け取る場所を

作っているのかもしれない

 

清い調べに塗り替えられた

小さな部屋は

静かに私たちを待つ

準備を始めた

 

 

 

【20230511】