言の葉の舟 四海を行く

家族と自然と人の心を愛する詩人のブログ

「月の小舟」

 

まだ薄青い天空を 霞のような三日月がゆく

 

太陽が山肌に触れる鐘の合図で

黄金色の波が放たれ

しばらく眩しさが時を支配する

 

その光の弧が遠くで一点になると

辺りはまた静かな色が頭上に渉る

 

薄く伸びた白い雲がピンク色に変わり

まだぼんやりと漕ぎ続ける小舟は

緩やかな波に運ばれる

 

やがて白い三日月は 静かに際だって黄色くなり

辺りは 群青から

たった独り 

墨色の世界に残していく

 

思い通りにならない暗闇を漂い

夜に自分を見失い

人は 時に そんな航海を行く

 

隣で

同じ夕空を見上げ

まだ幼さの残るほほえみをのせて

月の小舟が行く

 

薄暗さに

静かに

黄色い瞳を際立たせて

 

 

 

 

【20200716】

「大地と空と私」

 

目の前の景色は 

一瞬で 私の夏になった

 

圧倒的な存在感 阿蘇

古の地球の躍動 阿蘇

 

緩やかに連なる緑の曲線と

所どころ鋭く走る稜線は

雲のベールでより神秘的に

 

空は 荘厳な大地の生き様に

ひれ伏すように山々を覆う

 

ぐるりと360度見渡す私の中に

大地と空が鼓動する

 

胸を打つ音が速く

いつもよりたっぷりと

息を吸い

全てが私の中にあるこの感覚に

しばらく浸る

 

 

不意に

横風に体を押され

足元を見た途端

大きく口を開けた自然の中に

一人取り残されたようで 足がすくむ

 

その恐れから逃げようと目を瞑ると

その境界はなく

瞼の裏に

大地も空も

暗く迫ってくる

 

一時でも

この腕に景色を一抱えにしたおごりを

一喝された心持になり

誰にともなく許しを請う

 

 

足元を過ぎる風が

草の間をさわさわと駆け抜け

畏敬の呪縛を解く

 

目を開けると

その圧巻の景色は

明確に私を隔て

雄々しく 美しい 

 

とうてい抱えきれない

触れることはできない大地と空が

とうとうと 私に夏を流し込む

 

胸の前で握ったこぶしから

零れ落ちないように

明日に帰る

 

振り返らず

遠くまで 緑の波を寄せていく

阿蘇の風に背中を押されて

 

 

 

【20200904】

「言葉一つ」

 

言葉を並べるこの営みが

自分を充足するものでなく

 


誰かの

押し殺した聲の形

 


誰かの

浮遊してしまった心の糸屑を

 


無きものとせず

 


その人のかけがえのない

一部だと

光を当てる

営みでありたい

 


一つでも

一つでも

結びつき

あなたの光と 一つになれ

 

 

【20220705】

「手当て」

 

膝がね

痛くなって

歩けなくなって

突然街の階段に座り込んで

 

病院に行ったらね

症状聞かれて

検査して

治療して

 

車いすや松葉づえのお世話になってね

誰かの助けをかりて

優しい声をかけてもらって

もっと優しさを求めて

 

痛い 痛いと

ずっと撫でてる私がいて

情けなくなって

できなくなることばかり考えて

 

その時

思ったんだよね

 

あなたの心の痛みも

同じだったのかな… って

 

 

たくさん聞いてごめんね

無闇に手を差し伸べてごめんね

分からな過ぎて 優しくしてごめんね

 

大丈夫 大丈夫 と

ただ撫でてあげられる

 

私でなくて ごめんね

 

 

【20220420】

「小さな渦巻」 茨木のり子

 

ひとりの籠屋が竹籠を編む
なめらかに 魔法のように美しく

ひとりの医師がこつこつと統計表を
埋めている 厖大なものにつながる
きれっぱし

ひとりの若い俳優は憧憬の表情を
今日も必死に再現している

ひとりの老いた百姓の皮肉は
<忘れられない言葉>となって
誰かの胸にたしかに育つ

ひとりの人間の真摯な仕事は
おもいもかけない遠いところで
小さな小さな渦巻をつくる

それは風に運ばれる種子よりも自由に
すきな進路をとり
すきなところに花を咲かせる

私がものを考える
私がなにかを選びとる
私の魂が上等のチーズのように
練られてゆこうとするのも
みんな どこからともなく飛んできたり
ふしぎな磁力でひきよせられたりした
この小さく鋭い龍巻のせいだ

むかし隣国の塩と隣国の米が
     交換されたように
現在 遠方の蘭と遠方の貨幣が
     飛行便で取引されるように
それほどあからさまではないけれど
耳をひらき
目をひらいていると
そうそうと流れる力強い
ある精微な方則が
地球をやさしくしているのが わかる

たくさんのすばらしい贈物を
いくたび貰ったことだろう
こうしてある朝 ある夕

私もまた ためらわない
文字達を間断なく さらい
一篇の詩を成す
このはかない作業をけっして。

 

 

 

「やる気なし子の朝」


ここの愛犬 心白です
家の人が行っては帰る
玄関近くの柵の中
この場所がお気に入り


にいさんは
イヤホンつけてリュックを背負って
唯一私に声をかけずに
静かに行く人でした

今は
年に
十日くらい顔を見ます


私を
サンタクロースとか言うおじさんに
お願いした
ちっさいねーさんは

この間の長いお休みの最後の日に
首にきつく抱きついて
だいがくとやらに
帰っていった
いや 出かけて行った

 

空が明るくなったら一番に
おっきいねーさんが
出かけてく

風のように走っていくから
今朝も姿は見えなかった

 

白いシャツの父さんは
何回も私に声をかけ
かあさんに手を振り
ゆっくり歩いてく

たぶん そんな感じ

だいたい 最後に母さんが
ガタガタ閉めたドアの鍵穴を
今日も一発で決めて

お留守番よろしくと
一人で出かけるので
片耳だけピクンと動かしてみせる

みんな行ってお帰り
私は今日も
やる気なし子を決め込んで
わざと 素知らぬ態度

 

今日も一日
待ってるからね

 

夕方には
私の名前を呼び
頭を撫でてよ


そしたら 尻尾をいっぱい


振りたいからさ

 

 

 

【20210705】

「夏を探して」

 

まぶしい陽射しに 片目をつむり

勢いを増してきた初夏の兆しを全身に浴びる

先ほどまで

緊張と不安の時間の中に居たせいか

光の恩恵を受け入れられず

力の入ったままの私

 

駐車場への道すがら 偶然みつけた日陰の小道

病棟が光を遮り

ひんやりとした空気に包まれる

その涼やかさが新鮮で

思わず腕を大きく開いてみる

 

小道に植えられた木々の緑陰が

こんもり膨れていて

名も知らない苔のじゅうたんに守られた土が

触れると 掌が吸い付くほど 冷たい

 

風が吹くと さわさわと木々が揺れ

苔の上に 光の葉を散らす

 

あの刺すような光の直線とは

同じとは思えないほど

柔らかく その揺らぎが 反対の掌を温めた

かさかさとした私の手に

少しずつ感覚が戻る

 

どこか遠くで

他人事に聞こえていた言葉が

やっと私に届いたような気がした

大丈夫ですよ…

医師の言葉をまねしてつぶやいてみる

 

両掌をみながら 

ほっとした気持ちと少しの用心とを確かめ

うす暗い小道の先へ 視線を向けた

 

今年は 

どこへ行こうか

どこに寄り道しようか

生かされている

私の

夏を探しに

 

 

【20190717】