詩集「言の葉の舟」

家族と自然と人の心を愛する心筆家のブログ詩集

「夏の夜」

 

むんと熱気を残して

山に傾いていく灼熱の太陽

 

今日を力の限り燃やす

 

急げば    

 …かもしれないし

速めれば   

 …かもしれないし

 

 

それとは一線を画し

 

渦巻いた線の縁(ふち)から

じわりじわりと燃え進む

蚊遣り火は

 

空気が伝わるように

じんわりと交わり

 

小さな面に静かに

伝わる熱を

自分の力にして

丸い線の真中を目指す

 

急ぐことはない

 

追い立てることも

追い立てられることも

望んではいない

 

ほんとは…

望んではいないのに

 

耳元にまとわりつく

目の前に散らつく

世間の雑念を

 

鼻腔にふれる

薬草の香りにくるみ

 

立ち登る一筋の煙に

細く息を吐ききり

 

弱き焦りの虫が

宵闇に巣食う前に

退治する

 

少し熱が冷め

風が動き

 

一日がほどけるように

煙が揺れる

 

あしたにいざない

優しく

揺れる

 

 

【20210829】

 

「荷物」

 

大きめのスーツケースに

二人の荷物を詰め込んで

新婚旅行に出かけたあの日


あなたの価値観に合わない私の服

私には興味のないあなたの本

 

それぞれの

大切にして来たものを

詰め合わせても事足りる

最低限の荷物

私たちの始まり

 

そのうち

家族が増えるに従って

必要最低限の言葉はなくなり

持たないことに不安を駆られ

荷物は大きく膨れていった

 

体力だけで抱えて凌いできたが

大切にしていた物を見失ったり

次々入れ替わる大量の物の煩わしさを

投げ出したくもなった

 

そして

子どもたちが巣立って

小さな旅に出る朝

あなたが言ったわ

 

この鞄

一つで行こう と…

 

鞄に詰める荷物は少なく

これだけ?と聞くあなたに

笑顔でうなづく私

 

着慣れた洋服二人分と

あなたには興味の無い私の本一冊

 

あとの隙間は

一緒に過ごせる喜びを持ち帰るために

空けておくわ

 

二人だけの旅の思い出って

軽いのかしら

重いのかしら

 

 

 

【20220430】

「光彩陸離」

 


青空の陽の光

木々のきらめき

 


まぶしい季節の中に

 


夏ゆく

あなたもゆく

 


高みの峰に

 

 

 

その背中を見送る

母の眼差し

 

 

 

小さな子どもでもないのに

見失いそうになる

 


陸離たる

 


夏が

あなたが

 


まぶしすぎて

 

 

 

【20220816】

 

「真夏の影を越えて」

 

暑い暑いと言うけれど

 

暑い暑いは同じだけれど

 

季節は足踏みせず

 

ゆるりゆるりと回転し

 

地球と同じく

 

次の場面へと

 

私たちを運んでいく

 

変わらず 暑い暑いと言うけれど

 

暑い暑いの感じ方がやや違う

 

季節の言の葉知りうれば

 

体感が機微に触れる

 

「涼風至(すずかせいたる)」

 

真夏の影を越えて

 

【20220816】

 

 

「柿の木の日常」

 

一歩も動かない柿の木に


苔がむす

緑の模様を自由にまとわせ


木肌の割れ目の小さな蟻には

仕事場を与え


蜘蛛には

枝から枝へと間借りさせ


日陰を作った下草には

蝉の抜け殻 静かに眠らせる


いろんな命に触れて

いろんな命を支えて

 

黙って

 

黙って

 

そこに立つ

 

柿の木の日常は

豊かに過ぎる

 

【20210803】

 

「愛された記憶」

 

愛されたことを覚えてて欲しい

 

眠りにつくまで

撫でたこと

 

抱き抱えて

背中をトントンしたこと

 

上瞼が

もう我慢できないくらいに

重たくなって

 

全身の重みが

こちらによりかかり

 

その姿を見る私が

どんなに幸せだったか…

 

小さな寝息と共に

あなたに愛が沈殿していく

 

あなたの中に

その層があることに気づくのは

誰かを愛おしいと思う時

 

そして

その愛を覚えてて欲しいと

思う時

 

愛していると

思っている時は

まだ私だけが

そう願ってる

 

記憶はもっと深いところで

他の感情とは交わることなく

ただ積もる

 

そして気づいたの

私の中にも

愛された記憶が

積もっていることに

 

愛することで

その愛を覚えていて欲しいと

願う今

 

愛された記憶は

鮮明になる

 

 

 

【20220731】