詩集「言の葉の舟」

家族と自然と人の心を愛する心筆家のブログ詩集

ブログ詩集

「聖夜の呼吸」

私は生きている小さな営みだけど 生きている 暗い夜のしじまに凍えながら小さく息をはいて 誰にも知られず呼吸する 思い描いたように道が続いていかなくても 抱えきれない寂しさが私を取り込んでしまっても 虚しさが血流と一緒に私の中を巡っても しあわせが…

「母のコート」

木枯らしの足音が 聞こえる季節 いつも手に取る古いコート 父が母に残した冬の思い出 時代の匂いや 苦労が染みついた繊維 陰陽の日々が語る色の抜けた黒 それでも手触りは滑らかで 初めて手にした母の喜びは 内ポケットの中に潜んでいるみたい 柔らかい生地…

「庭に咲く白い花」

太陽の光が強く届く 美しい海は友であり 風が懐かしい思い出を運ぶ そんな南の島で 余生を生きるおじい 子にとってそこは帰る所で 孫にとっては訪れる場所 男三世代 生活の密度の差は広がり 時間の流れる速さや 愛情の方向も違い まるでかみ合わない違う世界…

「塗香の羽衣」

気高い祈り 叶わないかも 届かないかも それでも あなたのために 誰かのために 今 心を添えて 今 手を合わす できる私も できない私も いるけれど 捉われの縄をほどき 塗香の香りに 包まれて 天女の羽衣を纏い 祈りの雲に乗り 心のままに思いのままに 【2022…

「明日の明日のために」

希望だけの明日だけじゃない明日なんて来なけりゃいいのに…と それでも太陽が昇るように川が流れるように明日はやってくる 気休めでもいい目を閉じて心を閉じて 騒つく映像を消して 明日の明日を見つめよう 【20221128】

「夜明けの色 朝の色」

夜明け 藍色の夜の濃さが 光に薄まっていく 数分間で変化する 空の色 色を重ね変化することは ある意味 難しくはない 色を薄めながら 光に近づいていく この時間は 計り知れない力が 空を押し上げ 朝の色を散りばめる 夜明け前の変化に 追いつきたい私がいる…

「妹背の滝で」

水鞠が 跳ねて乱れて 集まりて 錦の鏡 妹背の秋に 日々弾け 納まりてまた 動き出す 休息の午後 妹背の滝で 【20221123】

「高嶺」

雲の上に 白く盛られた 富士の頂 水平に広げられた 薄雲を従え 氷河のような 厚雲に守られて 空とも海ともわからない 青にぽっかり浮かぶ 稜線が白く浮き上がり 険しさを流し サラ砂をゆっくりと降らしたような 細やかな白肌 そこには どう行けばよいですか…

「十五歳 生きる意味」

死にたいと 生きている意味がわからないと 私は 烈火の如く怒る 鬼にもなれず 全てを受け入れる 仏にもなれず 呆然とする ただの人でしかなかった 突き動かす 北風にもなれず 全てを包み込む 太陽にもなれず 動けないでいる ただの人でしかなかった 生きてい…

「星か涙か」

昨夜見た 空の悲しみは 私の悲しみなのか ならば 私の中にも あの星たちのように 煌めくカケラが あるのだろうか 夜が泣き 星が溢れ 私が泣き 涙が流れる 悲しみの空には 夜のしじまで冷たく凍り 頬の雫と 空の雫と 見分けがつかず 瞬く 【20221118】

「点と線」

結果を求めすぎて それもプラスの結果を求めすぎて 私たちは動けなくなったり 本来の姿を見失ったりする そんな自分の状況さえも わからなくなるほど 迷走している時間が長くなると うまくいかないことは 伝染する様に大きくなって行く 点と点と点が ずっと…

「宙(そら)を渡る」

月とオリオン座と 見えない無数の星が 夜を渡る 希望と淡い展望と 得体のわからない不安が 私を前へと進める 明ける前の 濃い暗さから遠ざかりたくて 少しでも早くと気持ちがせいて つんのめって 慌てた私の足が ようやく歩幅を整える 宙をいく天体は 急ぎも…

「月の顔」

赤銅色の満月を 見上げた昨日が 遥か時間の彼方に感じ 今朝見た ほてっとした黄みの満月が 同じものとは思えない 見えるものは 私の心が見ているもの 見えているのは 私の見方で映るもの 追いかければ それは熱を帯びた月になり 迎え入れれば それは静かな朝…

「ころ柿」

頂いた ころ柿 日和の 縁側に 吊した 夕陽色 眩しく 並んで 隣人の 丁寧な 仕事が 繋がる 渋さを 和らげ 甘さを 染ませ 五感で 味わい 喜びで 満ちる ころ柿 食べ頃 こころ 楽しむ 【20221106】

「オレンジ色の栞」

光の束が 西に傾いた夕陽から届く 教室も 向かい合った顔にも 机に広げられた 教科書のページの間にも オレンジの瑞々しい粒のような 光が行き渡る 明るく照らされた友達の顔を 互いに見ながら 誰からともなく 廊下へ この空気を生む方に向き 遠くを見ると …

「静かな時間」

街の音がない 朝の時間 いってらっしゃいの言葉で送り 空を見上げる 明け出る 光の兆し 裏山の巣から 囀りの響き どこからか漂う わずかな金木犀の残り香 見えないけれど そこにある新月 見えない物から発する 透き通る気配が 攪拌されている私の中の 濁った…

「三日月の明かり」◇中国新聞 詩壇 掲載◇

「来れる?」 「り」(了解) いつもの時間のいつのも文字 鞄をもって 急ぎ足 オレンジ色の光のしずくを 黒と紺の重なる空に ぽつんと落としそうな三日月の先っぽに ちょっとの間 娘をよろしくと、小さな願掛け エンジン音の上で 前のめりになる私の横を 左…

「花を咲かせて」

私は野の草だった 花を咲かせるのかも 咲かせないのかも わからない ただ 咲きたいと思う 野の草だった なんの花でもよかった 咲きたいと願った ある日 一人の詩人が 私を 詩の花壇に植え替えた そこは言葉の土壌がふかふかで 雨や雷さえも心地よい 燦々と …

「絹の糸」

意味も無く流れる涙も 癒えた傷が痛むのも 笑いながらふと寂しくなるのも 私には必要だ 私は 人の心に触れていたい そこから紡ぐ 細い絹糸の様な言の葉で 光沢のある布を織る 詩人でありたいから 【20221009】

「縁が和家の庭で」

どこにいても 私は私 髪をとき 仕事をし 食事を作り 空を見上げ 花を覗き 言葉を並べる 語り笑い どこにいても私は私 それは 私の真ん中が いつも この庭にあるから ここがあるから どこにいても 私は私で在る 【20221003】

「教えて、ゴーヤ先生」

先生 教えてくださいな 夏が過ぎ 秋になり ツルの巻き方や 実りの遺伝子も 全部全部伝えただろうに さらに花をつけ ツルを巻き 先へ先へと進んでいく 根元に咲いた花は萎れ 土に近く巻いたツルは乾き それでも 更に伸びるのは 何故ですか? 【20221002】

「花鳥風月」

花を嗅ぎ 草を踏み 樹に登れ 鳥と歌い 欲望の翼を広げ 夢を啄め 風を切り 雨に涙し 水たまりにはまれ 月の満ち欠けにとらわれず 自分の足跡を星座に結び 夜を恐れず行け 赴くままに 自らが 然り 行く時 己以外の 力の大きさと 愛の深さと 希望の温かさの 傘…

「秋の魔法」

庭の草木 秋の魔法で 虫食い葉 レースみたいに 光の刺繍 茶色く縁取り 美しく織られて はらはら落ちて 魔法の絨毯 冬支度の ちちんぷいぷい 【20190930】

「橋を架ける」

桜の花が咲き誇り 新しい生活に 希望の色を散りばめる 一人その姿を見送る側は なんだか遠くのことのように 世界を分けられた気がする 勝手に流れる涙を 拭うこともせず 口角だけを少し上げてみる 「でっかい船が浮かんだり、 飛行機が飛んだり、 長い橋を架…

「穂並に秋の風」

穂並に涼しい風が渡り 実りの秋に季節は移り 七十二候 禾乃登(こくものすなわちみのる) 人の心の機微を感じたくて 息づく自然を近くに感じたくて 言葉を一つ一つ紡ぐ 黄金の一粒一粒が豊かに頭を垂れ 収穫されるよう 言の葉がつながり 流れる一編をしたた…

「朝の空に、夜の空に、あなたの空に」

朝の空に 五線譜引いて 雲の音符を並べてみると 小鳥の声も リズムとり 足取り軽く あなたの背中を押すから 上を向いて 鼻歌まじりで 今日を始めよう 夜の空に 五線譜引いて 星の音符を並べてみたら ちかちか光りが 優しくて 今日のあなたの 肩を撫で ちょっ…

「さっきまでの私」

時計の針が12を追い越す さっきまでの今日が 昨日になって さっきまでの明日が 今日になり 日めくりが数字を新しくする けど 私はまったく新しくならないし さっきまでの私の続き さっきまでの私が ひとっ飛びにハードルを超えはしない 昨日の続きが今日に…

「心の消しゴム」

許してあげようよ あの怒りも 許してあげようよ あの涙も そして 許してあげようよ そうできなかった わたし自身も 【20210818】

「距離」

穏やかな空間にいて そちらと こちらと 同じ静かな時間が 流れているだけなのに こちらは 寂しい感情がただよい 涙が溢れそうになる そちらは そちらで 違う言葉で感情を操り 一緒にいる今のこの空間が 意味のないように思えてくる 音にしたって 文字にした…

「薄衣(うすごろも)」

ちよちよ 春先の まだ 生まれたての小鳥 調子外れで 勝手気まま ほぎゃほぎゃ 家の外までひびく赤児の 鼻先にかけ 母を呼ぶ声 新しい命は いつもこの世で 一番無防備で 柔らかくも怖いもの知らず 目の前で 拳を太ももの上で握りしめて 声にならない泣き声を …