詩集「言の葉の舟」

家族と自然と人の心を愛する心筆家のブログ詩集

「オレンジ色の栞」

光の束が 西に傾いた夕陽から届く 教室も 向かい合った顔にも 机に広げられた 教科書のページの間にも オレンジの瑞々しい粒のような 光が行き渡る 明るく照らされた友達の顔を 互いに見ながら 誰からともなく 廊下へ この空気を生む方に向き 遠くを見ると …

「眼差しは美しき光のように」

光が美しい秋は 目に映る景色も それをおさめた写真も 美しい 私たちの眼差しはどうだろう 人が成長する時に飛び散る 金色の花粉のような 小さな兆しや 実を結ぶまでの 美しい過程を 見届ける眼(まなこ)と ありのままを照らす眼差しで 視線を注いでいるだ…

「静かな時間」

街の音がない 朝の時間 いってらっしゃいの言葉で送り 空を見上げる 明け出る 光の兆し 裏山の巣から 囀りの響き どこからか漂う わずかな金木犀の残り香 見えないけれど そこにある新月 見えない物から発する 透き通る気配が 攪拌されている私の中の 濁った…

「三日月の明かり」◇中国新聞 詩壇 掲載◇

「来れる?」 「り」(了解) いつもの時間のいつのも文字 鞄をもって 急ぎ足 オレンジ色の光のしずくを 黒と紺の重なる空に ぽつんと落としそうな三日月の先っぽに ちょっとの間 娘をよろしくと、小さな願掛け エンジン音の上で 前のめりになる私の横を 左…

「それも いいね」

自分のために生きるって 自分のために走るって 自分のために歌うって 自分のために涙するって いいね いいね いいね それも いいね 【20221014】

「いいね」

誰かのために生きるって 誰かのために走るって 誰かのために歌うって 誰かのために涙するって いいね いいね いいね いいもんだね 【20221013】

「花を咲かせて」

私は野の草だった 花を咲かせるのかも 咲かせないのかも わからない ただ 咲きたいと思う 野の草だった なんの花でもよかった 咲きたいと願った ある日 一人の詩人が 私を 詩の花壇に植え替えた そこは言葉の土壌がふかふかで 雨や雷さえも心地よい 燦々と …

「絹の糸」

意味も無く流れる涙も 癒えた傷が痛むのも 笑いながらふと寂しくなるのも 私には必要だ 私は 人の心に触れていたい そこから紡ぐ 細い絹糸の様な言の葉で 光沢のある布を織る 詩人でありたいから 【20221009】

「ピンク」

眠りに落ちる その瞬間を包む 肌布団ピンク 毎夜毎夜包まれて 端が擦り切れて 取り替えた ブルーの肌布団も 呼び名はピンク 暗闇に吸い込まれるような まどろみの時間が 幼な子には 少し緊張の時 怖さや心細さを 和らげてくれたピンク 大人になれば そんな小…

「一雨一度」

一雨ごとに 秋が深まり 一度気温が下がり 冬が近づく 一笑一度 ひと笑いするごとに 笑みが咲いて 幸せに一度傾き 一涙一度 ひとつ涙を流すごとに 強く優しくなって 希望の扉が一度開く 季節が 時を重ねて 変化するように 私たちも 時を重ねて 転化する 一つ…

「風見鶏の憂鬱」

空は果て無く遠く 風に煽られ 足元を引きずり 行き当たりばったりのこの一歩 見上げれば 悠々と留まる屋根の上 無い物ねだりの 薄っぺらな憂鬱を 一時 風見鶏に預けて また一歩 空に近く 風を読む 広く見渡し 指し示す ただ 飛んでは行けぬ 風見鶏 気づけ旅…

「縁が和家の庭で」

どこにいても 私は私 髪をとき 仕事をし 食事を作り 空を見上げ 花を覗き 言葉を並べる 語り笑い どこにいても私は私 それは 私の真ん中が いつも この庭にあるから ここがあるから どこにいても 私は私で在る 【20221003】

「教えて、ゴーヤ先生」

先生 教えてくださいな 夏が過ぎ 秋になり ツルの巻き方や 実りの遺伝子も 全部全部伝えただろうに さらに花をつけ ツルを巻き 先へ先へと進んでいく 根元に咲いた花は萎れ 土に近く巻いたツルは乾き それでも 更に伸びるのは 何故ですか? 【20221002】

「花鳥風月」

花を嗅ぎ 草を踏み 樹に登れ 鳥と歌い 欲望の翼を広げ 夢を啄め 風を切り 雨に涙し 水たまりにはまれ 月の満ち欠けにとらわれず 自分の足跡を星座に結び 夜を恐れず行け 赴くままに 自らが 然り 行く時 己以外の 力の大きさと 愛の深さと 希望の温かさの 傘…

「母の愛は 地球の青さ」

美しい涙を見た この南の島の 海の青に似た澄んだ涙 哀しみ憂い懐かしさ 海は人々の流した涙が とうとうと満ちたのかもしれない だからこんなに美しく 地球を包む 美しい涙を浮かべた この南の島の 空の青を湛えて澄んだ瞳 優しさ 抱擁 思い出 空は人々が映…

「窓」

家の窓から わずかに色づく庭を見る 庭に出て 色づいた木々の窓から 門を叩く色のない風を見る 寂しさや侘しさが 木々の色づきを引き立て 縁側で 季節がいそいそと 移ろい行くのを愉しむ 自然に向かう 私の窓を開け 今朝も 風を呼び込む 【20220912】

「花と禅問答」

昨日まで なかった花が 庭に咲く 驚きと なんとも言えない喜びで 声が出る 弾む自分の空気が おさまるにつれて 今度は疑問が その空気を膨らませる 昨日も 見ていたはずなのに 見落としていたのか その兆しにも 気づかなかったのか 子どもの成長も それと同…

「秋の魔法」

庭の草木 秋の魔法で 虫食い葉 レースみたいに 光の刺繍 茶色く縁取り 美しく織られて はらはら落ちて 魔法の絨毯 冬支度の ちちんぷいぷい 【20190930】

「父は空」

日曜日の夕暮れ 廊下の奥まで届くオレンジ色の光 笑い声をのせて 靴を磨きながらの親子の睦ましい時間 父と娘の日常は こんな風景ばかりじゃない 言い争いも 冷戦も 父の雷も 娘の涙も 反抗も 目まぐるしい それでも父の存在は 空のように 娘の遠景にある 朝…

「満ちる時間」

茹だるような暑さを 思い出すこともできないくらいに この金色の風に 撫でられて 朝に白露が輝く 夕に空を見上げると ちょうど中秋に 満ちる月 あと僅かな膨らみを 少しずつ空に集めて 満月になる 白露が その足りない場所に 舞い上がり あと二日重なり 空の…

「穂並に秋の風」

穂並に涼しい風が渡り 実りの秋に季節は移り 七十二候 禾乃登(こくものすなわちみのる) 人の心の機微を感じたくて 息づく自然を近くに感じたくて 言葉を一つ一つ紡ぐ 黄金の一粒一粒が豊かに頭を垂れ 収穫されるよう 言の葉がつながり 流れる一編をしたた…

「半分こ」

おせんべいを半分こ クッキーも半分こ 空の月は 誰と半分こ? 地球と空と半分こ 【20210915】

「朝の空に、夜の空に、あなたの空に」

朝の空に 五線譜引いて 雲の音符を並べてみると 小鳥の声も リズムとり 足取り軽く あなたの背中を押すから 上を向いて 鼻歌まじりで 今日を始めよう 夜の空に 五線譜引いて 星の音符を並べてみたら ちかちか光りが 優しくて 今日のあなたの 肩を撫で ちょっ…

「吾亦紅」

ここにいる 見えていますかと 背中に聞く 語りかける桔梗のように しとやかな声を出す勇気もなく 可憐に微笑む秋桜のように 距離を縮められるわけでもなく 季節にたなびくススキのように 心を揺さぶる風も吹かせない 過ぎゆく秋に わずかに赤く萌え 頬を赤く…

「心の消しゴム」

許してあげようよ あの怒りも 許してあげようよ あの涙も そして 許してあげようよ そうできなかった わたし自身も 【20210818】

「気流に乗る」

あなたは 今 羽ばたきたい? わたしは そうでもないよ 気流に 乗っていたい そんな気分 【20211004】

「その果てに」

桜は 風に誘われて 花びらになって 土に重なり合って また 花を咲かせる 私は 波にさらわれて 島を巡り巡って 航海の水脈を消し去って やがて 私へと辿り着く 【20220408】

「薄衣(うすごろも)」

ちよちよ 春先の まだ 生まれたての小鳥 調子外れで 勝手気まま ほぎゃほぎゃ 家の外までひびく赤児の 鼻先にかけ 母を呼ぶ声 新しい命は いつもこの世で 一番無防備で 柔らかくも怖いもの知らず 目の前で 拳を太ももの上で握りしめて 声にならない泣き声を …

「夏の桜」

黄昏の桜の木に 燃えるような夕焼け雲の花が咲いた 夏の終わりのこと 秋には 葉の錦が歓びを咲かせ 冬には 春への希望を咲かせ 満開の花びらが 応えるように春に咲く 町を見下ろす高台の 変わらないこの場所で 時を越えて場所を越えて 記憶までも追い越して …

「琥珀色に沈めて」

夢を見る 同じような夢 何度も見る 心の揺れを言葉にできず 無言でやり過ごし 殻に閉じこもり 自分を守る言い訳ばかり揃えて 相手の傷に 想いを馳せることもできなかった 未熟だった私が 力なく立ちすくむ 夢の中でも まだ ごめんねが言えず 今日もその手を…