言の葉の舟 四海を行く

家族と自然と人の心を愛する心筆家のブログ詩集

「三日月の明かり」◇中国新聞 詩壇 掲載◇

 

「来れる?」

「り」(了解)

いつもの時間のいつのも文字

鞄をもって 急ぎ足

 

オレンジ色の光のしずくを

黒と紺の重なる空に

ぽつんと落としそうな三日月の先っぽに

ちょっとの間 娘をよろしく
と、小さな願掛け

エンジン音の上で 前のめりになる私の横を

左右に見え隠れする 細いあかりが

ハンドルを握る手を柔らかくする


空色と同化した屋根に

ゆったりと揺れるゆりかごが

目の前にくっきり現れ

あと 信号一つ

 

遠くの影が 青信号を合図に動き出し

私は オレンジ色の一粒を 掌で受け止める

 

ただいまの声が 勢いよくドアを閉め

二人の帰り道は 娘の一日がライトの先を走る

 

二つのドアの閉まる音が 一日の喧騒に鍵をかけ

オレンジ色の一粒が団らんの灯をともすころ

安堵を乗せて 三日月は姿を落とし

今日も静かに 夜が始まる



2018年11月26日中国新聞掲載 【20181122】